メキシコ出身の女子プロゴルファー、マリア・ファッシと言われて、すぐさま名前と顔が一致する方は、かなりのゴルフ通だけかもしれない。
しかし、霞ヶ関カンツリー俱楽部で開催された東京五輪女子ゴルフの初日と2日目に、日本の稲見萌寧と同組で回り、ミニスカート姿でかっ飛ばしていたロングヒッターと言われたら、「ああ、あのスラリとして陽気そうな選手のこと?」と思い出すゴルフファンは多いのではないだろうか。
ファッシは米女子ツアーのLPGAを主戦場にしている23歳。彼女は、いろんな意味で「異色」の存在と言えそうだ。
ファッシの父親はメキシコの名門サッカークラブ「CFパチューカ」の副社長を務めるなどスポーツ・ビジネスに長けており、ファッシは幼いころからプロスポーツ界の空気を肌で感じながら育った。
ファッシ自身も幼少期は女子サッカーに夢中になり、その後はゴルフ、テニス、バスケットボールもしていたが、2015年と2016年にゴルフのメキシコ女子アマチュア選手権を連覇してからはゴルフに一本化した。
2018年に米アーカンソー大学へゴルフ留学。その年の秋、早々にLPGAのQスクール(予選会)を突破したが、プロ転向とツアー参戦開始を延期し、2019年4月にはマスターズ開幕前に開かれるオーガスタ女子アマチュア選手権に出場。ジェニファー・クプショと激しく優勝を競い合い、惜敗したファッシのプレーぶりに、米国のゴルフファンも釘付けになった。
その後、ファッシは米カレッジゴルフのNCAA女子選手権で個人優勝を達成。そしてようやく周囲の大きな期待に応える形で6月の全米女子オープンでプロデビューし、12位タイに食い込んだ。
将来を嘱望されたファッシは、文字通り、鳴り物入りでプロデビューしたと言っていい。しかし、本格参戦した2020年からは、あまり成績が振るわず、2年が経過しようとしている現在も、いまなお未勝利のままだ。
稲見と同組になった五輪でも持ち前のパワフルショットを生かし切れず、23位タイに終わった。
シーズン半ば以降もロレックス・ランキングは100位を下回るほど低下。ビッグ大会に出場する枠すら回って来ない日々になった。
だが、今年10月ごろから成績が少しだけ上向き始めたせいか、11月のペリカン・ウイメンズ・チャンピオンシップには、たった2枠しかない主催者推薦をオファーされ、ファッシの出場が叶った。
よくよく聞いてみると、主催者推薦を授かった最大の理由は、成績がやや上向いたことではなく、チャリティ活動に積極的に取り組んでいるファッシの人間性や生きる姿勢に対し、主催者が共感し、大いなるリスペクトを覚えたからだそうだ。
刺激をもらい、学んだ
「自分自身の財団を創設し、障害のある人々や子どもたちのためにゴルフを教えるクリニックを行なうことは、プロになったときからの私の夢でした」
大学時代から過ごしてきた米国内の「第二の故郷」アーカンソー州内で、今年9月、ついに夢を叶えたファッシは、嬉しそうに微笑みながら、そう語った。
ファッシの同い年の従姉妹、ジョセフィーナ・ゴメスは、生まれたときから耳が聞こえず、しゃべることもできないそうだ。
そのゴメスは、ファッシが母国メキシコで開催されたゴルフの大会に出場した際、会場へ足を運び、ゴルフの楽しさに触れて、「私もゴルフを始める」と心に決めた。
以来、ファッシはゴメスにゴルフを教え始め、「障害を持つゴルファーがゴルフを覚え、上達するためには、本当にいろんなことを乗り越える必要があることを私は初めて知りました」。
教える側にも、さまざまな工夫が求められることを知り、一時的に教えるのではなく、継続的にコツコツ接してレッスンをする重要性を何よりも痛感したという。
「一生懸命に、でもとても楽しそうに、ゴルフを覚え、上手くなろうと頑張るジョセフィーナから、私はたくさん刺激をもらい、学ぶことも多かった。そのとき以来、自分がプロになったら、ジョセフィーナのように障害のあるゴルファーの役に立つことがしたいと願い続けてきました」
障害児や障害者のためのゴルフ・クリニックを継続的に開催したいと考えたファッシは、今年始めに自身の財団を創設。
そして、チャリティ・ゴルフ・クリニック「マリア・ファッシ財団&ファッシズ・フレンズ」のキックオフ大会を、今年9月のLPGA大会「ウォルマートNWアーカンソー選手権」の開幕前に同州内の2コースで開いた。
以前より格段に幸せ
キックオフ大会には、LPGAのツアー仲間であるプロたちも数人、応援に駆けつけてくれたそうだ。
親友のステイシー・ルイスいわく、このチャリティ活動は、障害のある子どもたちや障害者ゴルファーに喜ばれるものであると同時に、ファッシにとっても役立つことになるのだという。
「ゴルフは、ときとしてプロゴルファー自身を追い詰めることがあります。だからこそ、ゴルフ以外にパッション(情熱)を持てる何かが必要。その『何か』がプロゴルファーの心を癒し、才能を開花させることにつながるものです」
ルイスの言葉を聞いて、ファッシ自身も大きく頷き、こう語った。
「障害を持つ子どもたちのためのゴルフ・クリニックを、いつから始めるかを決めていたわけではありませんでした。でも、私は長年、自分にはゴルフ以外に何かが足りないと感じ続けており、今、その何かが『これだったんだ』と自信を持って断言できます。
今、私は、新たなエクストラの強いモチベーションが私の中に芽生えたと感じています。だからこそ、今の私は、以前の私より、格段に幸せだと思っています」
自分自身のためにゴルフクラブを振ってきたファッシが、誰かのためにゴルフをする喜びを知ったら、それが自分のためになり、より一層、幸せだと思えるようになっている。
そうやってプロゴルファーが幸福を運ぶアンバサダーとして社会に貢献できることは、ゴルフがこの世に存在する一番の意義だと私は思う。